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2013年七夕『The seventh night of July -TANABATA』

ああ、十三歳の少女のあどけなさよ……と、サガは思う。そんなサガの心中を察したのか、アイオロスが隣で面白い趣向だ、とやや大げさに賞賛した。
見上げた視線の先に本来どっしりと聳え立っているはずの荘厳なアテナ像が、巨大な笹竹に変身していた。

周囲を見渡すと、朝早くから集められた黄金聖闘士たち全員が、このありえない光景に目を丸くしてぽかんと口を開けていた。
中央でにこにこと微笑んでいるアテナを見ると、本来の姿が戦神だということを忘れてしまいそうになる。まさに、平和だ。
そんなことを思いながら並んでいると、アイオロスから細長い紙とペンが回されてきた。

「この時期、日本では七夕といって、この短冊に願い事を書いて笹に飾る風習があるのです。皆さんもどうぞ一番の願い事を書いて飾ってくださいね!」

そう言われ、この紙は願いを書くものか、と理解する。気になってカノンを探してみると、列の後端で困った表情をしていた。
カノンは願い事などあるのだろうか。いや、あるにしても、それを外に出すのを禁じられて育った弟にこの紙を渡すのは少し酷なのではないだろうかと頭の片隅で思った。

それからサガはさらさらと願いを紙にしたためると、近くの枝に丁寧に括りつけた。視線の端にカノンを捉えたが、カノンは己の上半身が隠れるほど竹の内側に入り込み、ごそごそと動いていた。
何も書かないまま括りつけたのかもしれないし、きっと誰にも見られたくないのだろう。もしカノンが何か願いを書けたのならば、どんなことであっても叶ってほしいと思いながら、サガはあえてカノンに話しかけることなく教皇の間にある執務室へと向かった。


夕方になり、執務を終えたサガは報告のため再びアテナ神殿へと向かう。
宵の風に揺れる笹の心地よい音が響く中、アテナは少しずつ姿を現しはじめた星々を見ていた。

「少し風が強いですが、今夜は二人が会えそうですね」

上を見たままそう話すアテナに、ええ、と微笑むと、サガも視線を上げ、暮れゆく空を眺めた。
突然びゅっと強い風が吹き、髪の長い二人は思わず手で髪を押さえた。風に翻弄されるしかない笹はざわざわと音を立てて激しく揺れ、追随するように短冊と葉が擦れる音が忙しく鳴った。

「それではアテナ、私はこれで……」

サガがそう言いかけた時、黒い教皇服に短冊が一枚、風に流れて貼りついた。

「あっ……取れてしまいましたね、しっかり結んでいなかったのでしょうか。どなたの短冊かしら」

アテナがそう言って短冊を拾い上げると、にっこり笑ってサガにそれを手渡した。

「カノンでした、ふふふ、まるであなたに見てもらいたかったみたい」

そう言われ、その偶然に驚きながら短冊を見た瞬間、サガは涙が込み上げそうになるのを必死で抑えなければならなかった。

「我が弟カノンは不器用で……上手に結んでいなかったのかもしれません……私が結び直してきます」

サガはそう言うとアテナに背を向け、大きな笹竹に向かって歩いていった。朝自分が吊るした短冊の前に立つと、どんな風が吹いても取れてしまわないように、しっかりと自分の短冊の隣にカノンのそれを結びつけた。


双児宮に戻ると、カノンが夕食を作って待っていてくれた。
いつも通り向かい合って食事をしたものの、今日は何となくカノンも静かで、普段より世間話も弾まないように感じた。
食事の最中に開けたワインの残りを飲みながらサガがソファに座っていると、後片付けを済ませたカノンが隣に座り、空のグラスに残りのワインを全て注ぐとぐいっと飲み干した。
カノンは少し意図的に距離を詰めないと本音を出さないところがあり、いや、出せないのだと知ってから、サガはなるべくカノンと同じ空間に留まる時間を増やしている。

「短冊、なんて書いたんだ?」

サガはそう話を振った。

「別に……大したことは書いてない、適当だ」

「フフ、そうか」

「な、なんだよ……サガは?」

思わず笑ってしまったサガを、やや顔を赤らめたカノンが睨む。
サガは少しだけ考えて、カノンの瞳を見た。

「世界平和」

そう言ってみると、カノンの頬が更に赤みを増したような気がした。

「……どうした? カノン」

「いや……まあ、俺も似たようなことを書いたから偶然だなと思っただけだ」

カノンはそう言いながら、すでにさきほど自分が空にしたワインのボトルを持ち、グラスに注ごうとして、舌打ちをしている。
明らかに動揺しているカノンを心から愛しく思いながら、サガは視線を外した。

「そうか。私たちは双子だからな。同じことを書いてしまっても不思議ではない」

「そうだ……な」

カノンはややサガから離れ、それきり黙ってしまった。

「今夜は快晴だな。星も綺麗に見えることだろう」

「俺……見てこようかな」

サガが話を振ると、カノンはこの場を立ち去りたいかのようにそう言って立ち上がった。

「待て……」

サガも咄嗟に立ち上がり、気付けばカノンの手首を掴んでいた。
振り向いたカノンとしばらくおかしな体勢のまま見つめ合う。随分長くそうしていたように感じたが、それは一瞬だったのかもしれない。

「お前の――お前の願い事は、私が叶える」

思わずそう口走ると、カノンが何を言っているのか分からないと言いたげな瞳でまっすぐに見つめてきた。

「……せ、世界平和、か……?」

この際そんな小さな嘘はどうでも良かった。それよりも、咄嗟に引き留めた手をカノンが全く拒絶しないのが嬉しかった。
再びここで暮らすことになってから、まれにこうして急に距離が縮まる時があるが、サガがどこまで踏み込んでもカノンが拒絶することはなかった。
それどころか、無遠慮に近付けば近付くほど不思議とカノンが素直になっていくのも分かっていた。
カノンがそうして距離を詰められないと本心を曝け出せないように、サガもカノンに対し、常に簡単に踏み込めるわけではなかった。
こうして少しずつ、お互いにできないことを理解し合いながら時間を掛けてゆっくりと十三年の空白を埋めている。

「ああ、そうだ」

サガはカノンを引き寄せ、抱き締めた。
手をカノンの頬へと添えると、吸い込まれそうな熱を感じることができた。その手をゆっくりと後ろへ流し、顔を近付ける。

「せかいへいわ」

笑みを浮かべた唇でそう囁いて、求めるように開かれたカノンの唇に視線を落とし、そっと重ねた。
カノンは拒絶しない。それが愛情なのだと分かるのに、これほど長いまわり道をしてしまったのだとサガは思いながら、口付けを深めていった。



翌朝、カノンは海界に行く許可を取るため朝早くにアテナ神殿へと出向いた。
すでにアテナ像は元の姿に戻っており、像の足元で何かを見ている様子のアテナはカノンの気配に気が付き振り返った。

「アテナ、おはようございます……それは、昨日の短冊ですか?」

大切そうに手に持っているものを見たカノンはそう問い掛ける。アテナは頷くと、その中の二枚を取り出し、カノンに渡した。

「昔の日本では、短冊を海や川に流して七夕の結びにしたということですので、二人で行ってみてはいかがですか?」

「は、はあ……」

カノンはやや戸惑いながら二枚の短冊を受け取った。


聖域の階段を下りながら、サガの短冊の上に重なっている自分の短冊を眺めた。


『一緒にいたい
       カノン』


こう書くのが精一杯だった。
これからはずっと、サガと片時も離れず一緒にいたいのだ。昨日アテナから七夕伝説の話を聞いた時も、一年に一日でも会える日があるならまだましではないかと思ったほど、孤独な年月を過ごした。
だからこそ、一緒に暮らせる今はこれ以上の願いなどカノンにはなかった。
そして、何気なく自分の短冊の下にあるサガの短冊を見ると、カノンは瞠目し、足を止めた。


『一緒にいたい
       サガ』


てっきり世界平和と書かれているものと思ったサガの短冊を見て、一瞬そんなはずないのに自分の短冊が二枚あるのかと思った。
しかし、自分の筆跡とは明らかに違う、端正なギリシャ文字は間違いなくサガが書いたものだ。

「な、なにが世界平和だよ……」

負け惜しみのように呟く。じわじわと熱を持つ頬を冷やすように、早朝の引き締まった風が吹き付けた。
もしかしたらサガは、自分が書いた願い事の内容を知った上で短冊に何を書いたかと聞いたのかもしれないと、その時初めて思い至った。

「あ、あいつ……」

思わず自分の顔を片手で覆った。この短冊を一体どんな顔して渡せば良いというのか。
『双子だから、同じことを書いてしまっても不思議ではない』と、サガはあの時どんな気持ちで言ったんだろう。
唇を重ねた時も、それ以上触れてくる日があるのも、なぜと聞くのが怖くてただ身を委ねるだけだった。
これも、双子だから同じ気持ち、なのだろうか……

頭をぐるぐると巡らせながら一段一段下りていると、あっというまに双児宮に到着してしまった。思わず、素通りという選択肢が頭を過る。
答えが出ないまま、右手にサガの短冊、左手に自分の短冊を持ち、しばらく見つめていると、これを一人で秘密裏に処分するのは自分が書いた事に反した行動だと思えてきた。
ここに書いてあるのは『願い事』ではない。昨夜サガが自分の手を引いたように、その行動の一つ一つで証明していくべき『意志』なのだ。

『お前の願い事は、私が叶える』

そう言ってくれた兄に、同じ言葉を返してやろう。
カノンはぐっと短冊を握りしめ、強い瞳で双児宮の中へと入っていった。

お知らせ(3/10更新)

◆自家通販は現在行っておりません。
◆次回のイベント参加予定は2019年2月10日(日)開催予定の「GALAXYμ」(大阪)です。
◆2013年に寄稿した『雨のおと、魂のこえ』という短編を全文公開しました。オフラインから見ることができます。

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書いている人

名前:みなみ椿
サークル名:Spiral
地域:東海圏

・ライブラA型
・カプ固定(サガカノ・LCアスデフ)
・字以外は左利き

同人活動は2010年06月から開始。
オフ活動は2012年11月から開始。

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