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2014年双子誕『Re:Birth』後編

あの日から三日経った。もうずっと、アテナの小宇宙への協力をやり過ごしている。
間もなく時間だ。ムウとアルデバランが双児宮を通り抜けていったのはずいぶん前になる。
アルデバランは回廊の途中、少し止まってこちらに声を掛けようか迷っていたようだった。

カノンはリビングのソファに座り続けている。今日もアテナのところへ行かないつもりなのか、と自分に問いかけた。
サガが生き返らないことへの憤りにも似た感情を持て余しながらも、それを解消するべき行動に結び付けられない。
それは、全力を尽くして望むものが得られなかったとき、どうしたってその現実を受け入れられないせいだった。

本当はもう、善も悪も分からない。サガがいない世界では、善どころか、悪にすらなる意味がないように思えた。

日が落ちて、室内の視界が悪くなっていく中、カノンはいまだソファから動く気配はなかった。
ふと気配を感じ、顔を上げる。頭上から薄紫の光が尾を引きながらゆらゆらと下りてきて、触れようとしたカノンの左手に螺旋を描いて絡みついた。

(これは……デスマスクか)

その鬼火のような光を指でなぞりながら散らすと、『諦めるなよ』という聞き覚えのある声が聞こえ、少しずつ霧散していった。
聖闘士はこうして小宇宙を使ってメッセージを送ることがある。口でしゃべった方が早く、そして楽であるため、本当に必要なとき以外は滅多に使われない手法だ。何より、「聞かない」という選択肢を与えないこの方法は、通常のコミュニケーション手段としてはやや相応しくない。
しかし、アテナが呼びかけたのはまさにこの方法を使ってサガに語り掛けることだった。
提案に応じた他の黄金聖闘士たちは、それぞれの言葉でサガに語り掛けているのだろう。ここまでしながらサガに届かないとなると、あいつはどれだけ自責の声に溺れているんだとカノンは思わざるをえなかった。

(間違えたのではなく、わざわざ、俺に向けて寄越してきたのか?)

いくら似ているとはいえ、黄金聖闘士たる者が小宇宙を送る相手を間違えるなんていうことはさすがにないはずだ。
サガではなく、あえてこちらに向けて小宇宙を飛ばしてくるデスマスクは少し変わった奴だなと思った。
それは、三日前の雨の日、別れ際に言われた言葉――

『兄弟揃って、諦めてんじゃねえよ』

確か、そう言った。サガは諦めているのか? もう一度アテナの聖闘士として生きることを?

――では俺は? 何を諦めている?

考えてみると、その答えは間もなく見つかった。サガに対して、なんの行動も起こしていない、いや、起こせないと言った方が正しい、理由があった。
自分がいくら彼のことを想っても、そして彼に何をしても、応えてくれるはずがないのだからと、確かに思っている。サガに対する思慕への諦めだった。
それなのに、諦めようとすればするほど勝手に反発が沸き上がり、抑えきれなくなる。
サガが生き返らない現実以上に、負けると分かっている戦いから逃げている自分に対して激しく憤っているのだ。
サガへの気持ちの矛盾を意識すればするほど、本当は誰よりも強くサガの再生を望んでいるのだという真実ばかりがカノンに突き付けられる。

(クソ……ッ!)

カノンは目の前の机を蹴り飛ばし、頭を抱えた。今目の前にデスマスクが立っていたら、衝動のままに殴りかかっていただろう。
年下のくせに、蟹座の黄金聖闘士は全部お見通しというわけか。

(分かって、いたんだ)

歪めた目の奥がツンと痛み、視界がぼんやりと滲んだ。
デスマスクに言われなくても、サガのことを諦めずにいられるのは自分しかいないということを、本当は分かっていた。
永遠に応えないかもしれないサガを永遠に救おうとする人間がいるとしたら、その役目はアテナではなくサガの半身である自分自身でしかなかった。

(……やればいいんだろう)

その言葉を自分に言い聞かせると顔を上げ、左の掌で小宇宙の塊を創り出し、空中に浮かべた。その光をじっと見つめ、サガのための言葉を紡ぐ。


サガ――
なにしてんだよ。
まさかそのまま死んでいられると本気で思ってるんじゃないだろうな。
アテナの聖闘士として生きることを、本当は誰よりも強く望んでいたじゃないか。
あんなに望んでいたのに、お前は一度も堂々とアテナのお側で戦うことができなかった。
だから――


その先の言葉が詰まった。だから戻ってこいと伝えるには、何かが違っていた。
カノンは左手を翳して小宇宙を消すと、溜息を吐き、再びその手で同じ大きさの小宇宙を生み出し、空中に浮かべた。


ええと――
サガ、皆が待ってるから、早く――


これも違う。
そんな言葉を伝えたいわけではなかった。
小さく唸り、さきほどよりも乱暴に小宇宙をかき消すと、俯いて頭を抱えた。

しばらくそうしていたカノンはやがてゆっくりと頭を上げ、人差し指の先に小さな光を溜めた。
すでに周囲が暗くなりはじめていたのもあって、ささやかな蝋燭の灯のようにも見える。

まだ二人でともに誕生日を祝えていたあの頃、暗闇に小さな蝋燭を立てて二人で吹き消した思い出がじわりと甦った。
まるであの頃抱いていた希望のようなかぼそい光を悲しげな瞳でじっと見つめ、カノンは口を開く。


お前が、いないと……寂しい――


思わず口をついて出たその言葉に、自分でも戸惑いながら光を指先から放すと、小さな光はシャボン玉のように頼りなくふわふわと漂いはじめた。

「……馬鹿だな俺は。こんなことはたとえ死んでも絶対に言えぬ」

幼い頃に完全に封印したはずの感情の残骸が部屋を漂うのをただじっと見ていたカノンは、ふっと自嘲の笑みを漏らすと、その小さな光を握りつぶすために左の手を伸ばした。
そのとき、はるか上にあるアテナ神殿から突如、サガに向けたアテナの強大な小宇宙が生まれ、聖域全体を瞬時に駆け巡った。

「な……なにぃ!」

カノンはアテナの小宇宙の迸りに一瞬身動きが取れなくなり、さきほど自分が生み出した小さな光から意識が逸れた。
それと同時に、聖域中を蹂躙するアテナの小宇宙が双児宮のリビングをも一瞬ですり抜け、あっという間に冥界へと消えていった。

「アテナ……こんなやり方は初めてだ……しかしなぜ」

カノンは立ち上がると、はっと何かに気が付き、酷くうろたえた。
幼い頃からずっと隠し続けてきた気持ちの一片を閉じ込めた小さな光がどこにも見当たらない。あの激しいアテナの小宇宙に紛れてしまったに違いなかった。

「だ、駄目だ、それだけは!」

この一瞬の間に、どう動けばサガにあれが届いてしまわないかを思いつく限り考えた。しかし、そう考えている間にすでにアテナの小宇宙はサガに到達してしまっていることは明白だった。
あとはもう、サガがいつも通り、アテナの呼びかけに気付かないことを祈るほかない。

「嘘だろう……」

カノンは脱力したようにソファに座りこむ。
取り返しのつかないことをしてしまった焦りから、額には汗が滲んでいたが、不思議なことに、何もできなかった今までよりずっとすっきりした気持ちになっていた。
はぁ、と息を吐くと、ソファに凭れ天井を仰ぐ。きっとサガは生き返りはしないが、それをいつまでも寂しく思う自分が生きていく限り、サガという存在が自分の中で消えることはないと気が付いた。

「兄さん……二人で生まれたというのに、俺たちはいつも独りだな」

サガがいない現実をようやく理解できたような気がしてカノンは目を閉じた。今日は喋りすぎた。まるで、二人一緒にここで生きていた幼い頃のようだった。

「今日のはただの練習だ。明日はもう少しまともな言葉を送ってやろう」

自分がサガを諦めない限り、サガは消えない。まだ残る心の痛みはサガへの希望だった。



いつしかすっかり夜になり、灯を付けていない双児宮のリビングは真っ暗になっていた。カノンはソファに凭れたまま、夢と現実の境目でまどろんでいた。
そのときふっと、肩が重くなり、その異様な感覚にカノンはすぐ目を覚ました。

あまりの驚きに、ひゅっと喉が鳴る。呼吸さえ忘れていた。

「……」

言葉を発することもできず、カノンは取りあえず重くなった肩に手を当ててみた。そして、全て理解した。

「ずるいな……」

余裕ぶって笑ってみせたが、声は上擦って震えており、何かに触れた手は無意識のうちに強く強くそれを握りしめた。

「後ろから、来るなんて」

カノンはそう言うと、それきり口を噤んだ。
自分が込めた手の力に比例するように、後ろから抱きしめているその腕の力もどんどん強くなっていくのを感じる。
固く結んだ唇とは対照的に、その瞳からは涙がとめどなく流れはじめた。

「……お前が寂しがっていたようだから」

懐かしい兄の声が耳のすぐ近くから聞こえる。カノンはまだ動けなかった。

「小さなお前の声が、私に届いた」

そう言ってサガはカノンの顎をそっと引き、後ろに向かせる。暗闇の中、確かめるようにサガがカノンの唇を指でなぞると、これまで固く固く閉じられていたカノンの唇も心も、途端にどろどろに蕩けた。
剥き出しにされた心から生まれる言葉にもならない嗚咽と涙を、サガの唇が残らず絡め取っていった。

お知らせ(3/10更新)

◆自家通販は現在行っておりません。
◆次回のイベント参加予定は2019年2月10日(日)開催予定の「GALAXYμ」(大阪)です。
◆2013年に寄稿した『雨のおと、魂のこえ』という短編を全文公開しました。オフラインから見ることができます。

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書いている人

名前:みなみ椿
サークル名:Spiral
地域:東海圏

・ライブラA型
・カプ固定(サガカノ・LCアスデフ)
・字以外は左利き

同人活動は2010年06月から開始。
オフ活動は2012年11月から開始。

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