記事一覧

入学式(カノン)

とうとう『ふりだし』に戻ってしまった、と鏡を見て溜息を吐く。
新調したスーツ、慣れているはずなのにようやく結べたネクタイ。緊張しているのか――こんなに準備に時間が掛かるとは思わなかった。

一卵性の双子で生まれ、優秀な兄と一緒に育ったのは十五歳までだった。
入ってすぐに高校を中退したカノンは、漁師になるため家を出て、中卒でも受け入れてもらえた漁業会社に就職した。
二人が育った家は決して裕福とは言えず、たったひとつ残した書き置きにはこう書いた。

こんな貧乏な家はもう嫌だから出ていく、と――

医大に行きたかった兄のサガを進学させるためでもあったが、本当の理由は何より大好きな兄のそばで大人になっていくのが苦痛になっていたからだった。
幸いなことに入った会社の社長に大変気に入られ、(半ば無理矢理ではあったものの)その家の養子になり、挙句の果てには会社の跡取り候補として海外へ留学し、充分な資金援助を受けながら大学まで卒業させてもらった。帰国後はしばらく会社の経営責任者として仕事に携わっていたが、28歳の誕生日を迎え、カノンに一通の手紙が届いたことで運命が再び動きはじめたのだった。

「まさか、単位のために適当に取得した教員免許でお呼びがかかるとは……」

カノンはまじまじと、差出人のところに『私立グラード学園聖闘士高等学校』と書かれた手紙を見る。
教師が足りないから来てくれという内容だったが、参考までにと同封されていた教員名簿を見たとき――心臓が止まるかと思った。
懐かしい、兄の名前。数学の教師だった。医者にはならなかったのだろうか。
しかしサガが医学の道を志望していたのも、ずいぶん昔の話。気が変わっていたとしても何の不思議もない年月が流れた。

『ぼくがお前のことを一生守ってあげるからね』

幼いころ兄に言われた言葉を思い出し、思わず鏡の中の顔が赤くなった。
当時やんちゃで怪我ばかりしていた自分を助けるために医者になると言って、必死に勉強をしていた兄の姿は今でも忘れられない。

「だめだ……! 昔のことなど思い出しては」

兄のことを思い出すと途端に激しく揺れはじめる心にしっかりと言い聞かせると、熱を持つ頬を両手でぱんぱんと叩いた。

「……サガ……今もそっくりなのかな」

今にも泣きそうな自分の顔をまじまじと見る。
突然出ていった弟のことを、まだ覚えているだろうか。
あれから一度も会っていない。十三年前、もう二度と会わないと決めたのにこんな日を迎えてしまったのは、全てこの突然の手紙のせいだった。


==========


「体育館……体育館――」

カノンは緊張しながら入学式が行われるという体育館を探していた。
この学園は私立のせいか、さまざまな変わった噂があるのを知っている。良くも悪くも、有名な高校だ。
だから新任であるというのにいきなり生徒の入学式に直接参加しろ、と言われてもなんの不思議もない。むしろ、朝礼でサガの前に立って紹介されるより何百倍もマシな展開だと思った。
体育館は間もなく見つかったが、中にはすでにたくさんの教師が集まっており、それを見たカノンは思わず隠れてしまった。

「うわ……あの中にきっとサガも……」

「よう、なにしてんの?」

「わっ!!」

突然背後から声を掛けられ、カノンは飛び跳ねた。振り向くと、三人の教師らしき人物が不思議そうにカノンを見ている。

「どうしました? 具合でも悪いのですか、サガ先生」

一瞬女性かと思うような顔だったが、声でそうではないと分かった。首に沿う長い水色の髪が、ふわりと靡いたのと同時に薔薇の香りがカノンの鼻をくすぐった。

「……っ」

カノンは酷くうろたえ、固まることしかできず、不意打ちでサガと間違えられたときの対処法を全く考えていなかったのを激しく後悔していた。

「ん……待てアフロディーテ、サガ先生は体育館の奥にいるぞ」

一番後ろにいた黒髪の教師が体育館の中を見てそう言った。

「となると……お前誰だよ」

最初に声を掛けてきた男がカノンを怪訝そうな表情で覗き込んだ。
カノンは口を開けば心臓が飛び出てきそうなほど緊張しながらも、それを一切表に出すことなく表面上では冷静を装いながら答えた。

「今日から世話になる、英語担当のカノンだ」

「ああ、話は聞いている。サガ先生の双子の弟なんだってね」

水色の髪の教師がそう言ったのに驚き、カノンは聞き返した。

「だ、誰にそれを聞いたんだ」

「誰って……本人から。この前保健室に来たからそのときに。ああ、私はこの学園の養護担当のアフロディーテだ、よろしく」

「よ、よろしく……」

サガは覚えていた――そして、今日から自分が来ることを知っているのだ。改めてそう知ってしまうと、心臓の鼓動がさらに速くなった。
そのときサガはどんな顔をして、自分についてなにを話したのか、聞きたくてしかたなかったが、知り合ったばかりの教師にいきなりそれを聞くのは不審すぎる。

「体調悪くなったらいつでも保健室に来ていいよ」

アフロディーテがにっこりと微笑むと、最初に声を掛けた男が横から口を挟む。

「じゃあ俺さっそく保健室行こうかな。今日は頭が痛い」

「お前はどうせ二日酔いだろう、今年度は入室禁止だ。あ、こいつはデスマスク。本当に教師なのか分からんようなやつだ」

「失礼なことを言うな! しっかし、双子とはいえあまりにもそっくりだな。あのサガ先生が二人いるみたいだ」

「おい、空気を読め。引かれてるぞお前」

徐々に表情が険しくなっているカノンの様子を見た黒髪の男がデスマスクを諌めた。

「俺はシュラ、国語を担当している。よろしく」

「あ、ああ、よろしく頼む」

「そろそろ中に入ろう、教師が動き出した」

シュラは簡単に自己紹介を済まし、歩き出した。

「あっ、先に行っててくれ。俺はもう少し外の風に当たってから行くから」

カノンが内心慌てながらそう言うと、アフロディーテとシュラは中に入っていった。

「デスマスク、行かないのか?」

「あー、俺ほんとに頭が痛いから。そうだ、煙草吸うか? いい場所知ってんだ」

「ああ、それは有難い。教えてもらうよ」

やはり中に入り、サガと顔を合わせるのはまだ無理だ。心の準備ができていない。
とりあえずここから離れる口実を得たことに安心し、デスマスクについていった。


==========


「ここは穴場なんだ。誰にも言うなよ、ここだけはまだバレてないからな」

周囲を白く煙らせながら、デスマスクとカノンは体育館裏で煙草を吸っていた。
朝からずっと張り詰めていたカノンの緊張も和らぎ、安堵の笑みを漏らす。

「はは、アフロディーテ先生の言うとおり、お前は本当に教師らしくはないな」

笑いながら答える間、デスマスクはカノンの顔から目が離せない様子だった。

「俺の顔がそんなに珍しいか」

「あ、いや、悪い。あの清廉潔白なサガ先生が煙草を吸ってるように見えて何とも不思議な気分だぜ」

「清廉潔白……か」

成長したサガはそんなイメージなのか、と思いながらカノンは眉根を寄せ煙を吐いた。

「それに、お前みたいに笑うことも全くないし」

「……えっ」

「笑ったところなんて俺は見たこともねぇよ。まあ、そういうキャラなんだろうな」

動揺を隠すため、デスマスクに背を向け煙草を吸い、ゆっくりと煙を吐き出した。
こどもの頃の記憶を全て掘り起こしたとしても、笑っていないサガの思い出などひとつもなかった。
いつも優しく微笑みかけてくれていた兄は、変わってしまったのだろうか。

「よし、アフロディーテやシュラが探しに来る前に俺はズラかることにするよ。お前はさすがに新任だからサボるわけにはいかないだろ、じゃあな」

「どこへ行くんだ?」

「保健室」

煙草を踏みつぶしたあと、デスマスクは右手を振りながら去っていった。カノンも煙草を消し、改めて深く溜息を吐いた。
今まで話をしていたから気が付かなかったが、壁の裏には教師が並んでいるらしく、足元の小さな換気窓から声が聞こえる。
カノンはそっと近づき、少しだけ窓を開けると、サガの声が聞こえないかと耳を澄ました。

「サガ、今年度こそアイアコス先生とうまくやらねばならんぞ」

「なぜ」

「お前たちが連携しないばかりに、学園の数学のレベルが伸びない。どちらもトップレベルの教師だ、考えられる原因がそれしかないんだ」

「特進クラスのあの教師の教え方が悪いのは承知している。しかし教え方までこちらが教える必要はなかろう」

「そうやってお前が歩み寄らないから結局そのしわよせがお前のところにくるんだ。今年度はお前の行方不明だった弟も入ってくるのだろう、これ以上トラブルは増やすなよ」

「……ああ」

内容など頭に入ってこなかった。間違いなく、十三年ぶりに聞いた兄の声だった。
この壁の向こうにいるんだ、と思うだけでどうかなりそうだった。カノンは壁に凭れ、ずるずると座り込む。

体が熱い。胸が苦しい。

カノンは息を乱しながら、ネクタイを緩め、シャツのボタンを開けた。
十三年前、家を出るときに封じ込めた、兄への想いをここで隠し通すことができるだろうか。いや、必ずやらなければ。絶対にばれないように、確実に。

ただ同じ空間にいられたら。
遠くからでもサガのことを感じていられるなら。

そう思って、この学園に来た。どんなことにでも、耐えてみせる。


不意に、激しい足音がばたばたと近付いてきた。
誰かが探しに来たのかと驚いて急いで立ち上がった瞬間、ものすごい勢いで体に何かがぶつかってきた。

「イテテ……」

高校生になったばかりだとひとめで分かる、あどけない二人の生徒だった。

(やばいな……煙草の匂いが残ってるか……? いかん……ネクタイまで緩めてしまった……ここは落ち着いて対処せねば)

一瞬で頭を回したカノンは、努めて冷静に二人の生徒を見下ろした。

「こんなところで何をしている。入学式はそろそろ始まるぞ、早く行かんか。入口は向こうだ」

そう言って顎で方角を示すと、酷く慌てた様子の二人は再び走っていった。

「……迷子、か?」

思えば兄と離れたのは彼らと同じ年頃だった。あんな風に、手を繋いで兄と楽しい高校生活を送ったとしたら……何か違っていたのだろうか。
カノンは去っていく二人の後ろ姿に失った十三年の月日を重ねた。

お知らせ(3/10更新)

◆自家通販は現在行っておりません。
◆次回のイベント参加予定は2019年2月10日(日)開催予定の「GALAXYμ」(大阪)です。
◆2013年に寄稿した『雨のおと、魂のこえ』という短編を全文公開しました。オフラインから見ることができます。

初めての方へ

◆サガカノ小説サイトです。
◆リンクフリーです。
◆R18部分は簡単なパス制です。

WEB拍手

←「いいね」「読んだよ」「生きろ」などの気持ちを気軽に押してください。
☆コメントの返信(8/8)

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

当サイトのQRコード

QR

書いている人

名前:みなみ椿
サークル名:Spiral
地域:東海圏

・ライブラA型
・カプ固定(サガカノ・LCアスデフ)
・字以外は左利き

同人活動は2010年06月から開始。
オフ活動は2012年11月から開始。

昔作った動画

訪問ありがとうございます