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歓迎会(カノン)
- 2014/10/28
- 13:27
カノンが目を覚ますと部屋はもう薄暗く、すぐに何時間も眠ってしまったのだと分かった。
身を起こし、ベッドから降りてカーテンを開けると、明かりひとつで本を読んでいたアフロディーテが顔を上げた。
「良く寝てたよ」
「す、すまない、待っててくれたのか?」
「いや、声を掛けても起きなくてね。よっぽど疲れてたんだろうと思って。教師の健康を気遣うのも養護教諭の役目だよ」
カノンが近付くと、アフロディーテは本を閉じて立ち上がった。
「歓迎会はとりあえず決行ということになって、他の先生たちは先に行ったよ。もう皆できあがっているころだろうね」
壁に掛けられている時計を見ると、夜の7時半を指している。
「そう、か……」
カノンはこの期に及んでも、どうやったら自分だけ行かないで済むかを考えていた。
「気が進まない?」
そんなカノンの心の内を見透かすようにアフロディーテが問う。
「あ、ああ……せっかく待っていてもらったのに申し訳ないが……」
「アイオロス先生のせい?」
断りを入れている最中に突然鋭い質問を返され、心臓が跳ねた。
眠ったことにより少し忘れかけていたあの苦々しい思いが甦る。
「い、いや……どうしてそんな……関係ない。酒が苦手なんだ」
「それならジュースを頼めばいいから大丈夫。さあ、急いで行こう」
その答えを聞いたアフロディーテはにっこりと微笑んで帰り支度をはじめる。
カノンはその様子を見て、まっすぐ帰れる可能性がなくなったことを理解した。
このアフロディーテという養護担当は、全く侮れない。ずっと話していると、いずれサガに抱く想いを勘付かれてしまいそうだ。
いや、もしかしたらもう……?
カノンは扉を開けるアフロディーテの背中を見て、首を振った。
歓迎会の場所は学園からほど近い小さな居酒屋であり、二人で歩くと間もなく到着した。
「よう、カノン先生、こっちこっち!」
店に入るや否や、奥の座敷からデスマスクのひときわ明るい声が飛んでくる。
よくこうして集まるのか、店内は当然のように貸し切りになっていた。
「ああ、もうあんなに飲んで……」
その様子を見たアフロディーテが呆れたように呟いた。座敷の奥に座っているだろうサガを見ないようにしながら、手前にいるデスマスクの正面に座った。
空のジョッキが並ぶデスマスクの隣ではシュラが冷酒を飲んでいる。
「デスマスクの介抱、今夜はシュラの番だからね」
「ああ」
正面のシュラと会話をしながら、アフロディーテはカノンの隣に座った。
カノンが座った場所からは、同じ列の一番奥に座っているサガは見えない。
さりげなく、かつしっかりと兄の位置を確認したカノンが安堵する間もなく、サガの前に座っていたアイオロスが席を立ちこちらまでやってきた。
「カノン先生、待ってたよ。今日は主役だから、いっぱい飲むといい」
明るい表情でそう挨拶すると、店員に3人分のビールを頼んだ。
「あっ、俺ビールは……」
「あとで好きなもの頼めばいいから」
アイオロスは笑顔でそう返すと、奥の席へと戻っていった。
「今日、特進科の先生はいないんだな」
すぐに目の前に運ばれてきたビールに少しだけ口を付けながら、カノンはデスマスクに話を振った。
今日知り合ったばかりの英語の教師、ラダマンティスの姿はない。
「普通科の集まりに特進なんて来るわけないだろ?」
ジョッキを煽ったデスマスクが答える。顔は赤いが、まだまだ飲めそうな雰囲気だ。
「特進と普通科は教師も生徒もそれほど仲良くないからね」
アフロディーテが補足した。
「そ! 特に数学」
「え……っ」
デスマスクがサガのことを言った途端、カノンは言葉に詰まり、視線を逸らした。
なんとか自然に振る舞わなければと、思わず目の前のビールを煽る。
「そ、そんなに飲んで大丈夫? お酒は苦手だってさっき……」
アフロディーテが心配そうな表情で問い掛けた。
カノンは少し咽せながら、空になったジョッキを机に置く。
「へーき……」
ビールを一気飲みしたカノンは、みるみるうちに様相が変わってきた。
「へえ、いい飲みっぷりだ。もっと飲もうぜ!」
デスマスクはそう言って自分の飲みかけのジョッキをカノンに差し出し、新しいビールを2人分、新たに追加注文した。
「しかし、サガ先生が来るのは珍しい。いつ以来だろうか。さすがに弟の歓迎会には出ないわけにいなかったのだろうな。カノン先生、あっちに行かなくていいのか?」
シュラがぽつりと零すと、すっかり目が据わったカノンが大きな声で答える。
「いいに決まってるだろ! あっちはあっちで楽しんでるだろうさ」
「なに、お前ら兄弟って仲悪いの?」
デスマスクが笑いながら問う。
「べ、別に……っ!」
そう言ってまた勢いよくビールを煽るカノンに対し、アフロディーテが心配そうにフォローを入れた。
「まあ、兄弟なんてそんなもんさ」
「へえ、アフロディーテ先生も兄弟いるの?」
いつの間にかアフロディーテの隣に来ていたアイオロスがそう問いかけた。
「熱燗、頼みすぎちゃったから飲んでもらおうと思って」
そう言いながらカノンに御猪口を差し出す。
「あ、カノン先生は口の中を火傷しているから、それは私が」
アフロディーテがさっとその御猪口を手に取り、アイオロスからのお酒を受けた。
それから今日の保健室での出来事の話になり、カノンが火傷をした経緯をアフロディーテが話すのを、当のカノンはどんどん朦朧となりながら聞いていた。
「なるほど、俺の弟のアイオリアも昔はよく怪我をしていたなあ。ほら、そこにいるだろ。今もやんちゃで、体育の教師をやってる」
カノンは紹介されるまま、真ん中あたりで座っている彼に会釈をしたが、頭がぐるぐるとしてはっきりと顔は見えなかった。
「弟は昔、俺が舐めてやると傷が治るって言ってたなぁ、カノン先生の火傷も舐めて治してやろうか?」
やや際どい発言に周囲が沸き、笑い声が上がる。
すると、今までこちらの会話には一切関心を見せなかったサガが立ち上がった。
「おい、アイオロス。冗談ばかり言っているなよ」
不機嫌であるのを隠すこともせず忠告するサガを見て、アイオロスは明るく笑う。
「すまんすまん、あまりにもサガに似ているから面白くて」
サガはアイオロスに近付くと、肩を掴んで席に戻るように促す。
「酔っぱらいめ」
「分かったよ、分かった。そんなに怒るなよ」
そう言いながら戻っていく二人を目で追ったカノンは思わず舌打ちした。
(なんだよ……なんだよサガ。やっぱりアイツとデキてたのかよ)
二人が元の席に着き、話しはじめるのを見て、舌の火傷がじりじりと焼けつくように痛む。
彼女がいたり、結婚していたり――もしかしたら子供だって……
そこまでは予想していたことであり、たとえそうだったとしても受け入れる覚悟ができていた。
しかし、この展開はあまりにも予想外のことだった。
心が処理しきれない痛みでいっぱいになり、そのうちに笑いながら飲んでいる目の前のデスマスクの顔がぼんやり滲みはじめた。
それを隠すように自分のビールを飲み干すと、シュラの冷酒まで無言で奪い、喉へ流し込んだ。
そして一時間後。
カノンとデスマスクは机に突っ伏してダウンしてしまっていた。
「カノン先生ー。もうお開きだよー」
アフロディーテがカノンの肩を動かすが、ただぐらぐらと揺れるだけでカノンは目覚めそうになかった。
困り果てるアフロディーテの脇を、千鳥足のデスマスクの肩を抱えたシュラが横切って出ていった。
「カノン先生大きいから抱えられないしなあ」
溜息を吐きながらそう呟くと、最後まで残っていたサガが仕立ての良いトレンチコートを羽織りながら声を掛けた。
「アフロディーテ先生、弟が迷惑を掛けてすまない。あとは私がやろう」
そう言って、眠りこけているカノンを背負った。
「お願いします、サガ先生。私はシュラの手伝いをしてきます」
アフロディーテはそう言ってにっこり微笑むと、先に出て行った。
カノンを背負ったサガが外へ出ると、歓迎会に出席した先生が集まって順番にタクシーを待っている。
輪の中心にいたアイオロスは、店から出てきたサガに声を掛けた。
「サガ、カノン先生の家がどこか知ってるか? 一緒の方向の先生にお願いしようか」
「家くらいは把握している。他の教師に迷惑を掛けるわけにはいかぬから、私が連れていく」
「そうか、それなら安心だ。さすがに重いだろう、一番最初のタクシーに乗って行け」
「悪いな」
ちょうど良いタイミングでタクシーが目の前に止まり、サガは起きる様子のないカノンを背から下ろして車に乗せた。
「お先に。アイオロス、すまないがあとは頼む」
サガは集まっている教師とアイオロスに挨拶をすると、カノンが寝ている後部座席に乗り込んだ。
車のドアが閉まると、外の騒がしさが急に遮断され、行き先を聞く運転手の小さな声がやけにはっきりと聞こえた。
「とりあえず出してくれ」
サガはタクシーの運転手にそう告げる。タクシーは行き先不明のまま走り出した。