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この先へ(サガ、カノン)

カノンと一緒に出勤したかった。
隣に並んで、同じ家から出て来たのだと、学園の、いや、全ての人間に示して歩きたい。
勘の良い教師ならばそれだけで分かるかもしれない。このサガが、昨晩カノンを抱いたのだと。そして、カノンが私のものになったのだと。

しかしその願いは叶わなかった。朝礼前に一人で校長室に来るようにとアイオロスから言われていたからだった。
カノンを起こすことも考えたが、昨晩の負担を考えると少しでも長く休ませてやりたかった。
どちらかといえば朝は弱いはずの校長が、朝礼前に呼び出しをかけることは滅多にない。それだけに、用件が気になって予定より早く家を出た。

今日は一人でも、きっとこれから先、どれだけでもカノンと歩く機会は来る。そう、明日こそは一緒に出勤しよう。
そう思いながら校長室の扉をノックした。


「三か月……ギリシャの姉妹校で、非常勤講師、ですか……?」

校長であるシオンから言い渡されたのは、辞令だった。
予想外の通達に、驚くより先にカノンの顔が脳裏をよぎった。長年の思いが通じたばかりのサガにとって、三か月という時間がとてつもなく長く感じる。

「お前の両親はギリシャにいるだろう? 何も問題はないはずだ」

「しかし……」

サガは返事ができなかった。今、ここを離れるのはどうしても避けたかった。

「弟である、カノン先生のことを気にしているのか?」

「は……そ、それは……」

「実は、カノン先生の事情はすべて知っている。生き別れた双子の弟……だからこそ、私がこの学園に呼んだのだ」

「あなたがカノンをここに……」

なぜ今頃になってカノンが自分の前に現れたのか、その根本的な疑問がやっと理解できた。
カノンは兄がいることを知った上であえて来たということか。

「サガ先生……数学の教え方は完璧で、教師としてかなり優秀。しかし、同期のアイオロス先生と比べると、人間的な何かが欠けている。少なくとも私はそう思っていた。
 分かりやすく言うならば、生徒や、周囲の人間に対する感情……そういう類のものだ。欠けている、と言ったが、決してそれがないわけではないはずだ。そう、隠しているのだ。
 ひたすらに何かを隠し、気持ちを抑え込んで仕事をしているのではないか? それが気になって、少し調べさせてもらったのだ」

「……」

サガは目の前が暗くなっていくのを感じていた。
あのしっかり者のムウ先生さえ頭が上がらない、崇拝さえしている学園のトップだ。
この風変わりな学園を束ねる手腕を見るからに、ただ者ではないと常々思っていたが、そこまで見透かされていることに全く気付かなかった。

「カノン先生は、まだ正式にはソロ家の人間。この際、ギリシャの御両親と今後について話し合ってきてはどうだ」

「それは……どういうことです」

「ソロ家がカノン先生を返せとうるさいのだ。向こうも経営責任者になるまで彼を育て上げたのだから無理もないだろう。
 我がグラード学園としては、せっかく引き抜いた優秀な教師を守りたいのもあるのだ」

校長シオンの微笑は裏事情を充分に孕んでおり、それがかえって恐ろしい。

「ソロ家から、カノンを奪うということですか」

「あくまで穏便にな。そのために、事業が順調なギリシャの御両親を動かすと良いだろう」

「……しかし……」

サガはいまだ決心がつかなかった。確かに両親は、カノンが出て行った当時のような弱い立場ではない。
しかし、いまさらカノンを取り戻そうと説得するのはあまりにも不自然ではないだろうか。

「このままだとカノン先生はまたいずれソロ家に戻る羽目になるだろう。そうなると、もう次はないぞ。
『指一本触れさせたくない』ほどの弟を、また失っても良いのか?」

さらりと吐かれた言葉に、普段冷静なサガもさすがに動揺を隠せなかった。

「……っ、わ、分かり……ました」

これ以上、校長の口から秘密が漏れるのは耐えられない。
慌てて了承すると、シオンは満足そうに目を細めた。


――

「あ、カノン先生。遅刻ですか?」

朝礼後、保健室に顔を覗かせたカノンを見て、養護教諭のアフロディーテがにこやかにほほ笑んだ。

「ああ……寝過ごしてしまった」

「朝だというのに、少しお疲れだね。休んでいくかい?」

予想はできていたことだが、やはりアフロディーテは鋭い。
それなのにここに来てしまったのは、昨晩の幸福な時間を誰かに悟られたいという気持ちが心の奥に少しだけ、あったからだろうか。

「次の授業までここにいてもいいか」

カノンは机に座りながらそう言った。

「もちろん。学園の先生はよくここで休んでいくよ。生徒より、先生のほうがここに来てるんじゃないかな。
 サガ先生は真面目だからそれほど来ないけど、時折ふらりと来て、紅茶を飲んでいくんだ」

「そう……か……」

端正なスーツ姿で紅茶を飲む様子と、昨晩自分の体を隙間なく愛撫したサガとが容易に重ならない。
そう思うだけで体が反応しそうになり、気を逸らすため、なんでもいいから話題を作った。

「どんな話をするんだ? サガと……」

「そうだな……カノン先生がここに来ることになったとき、珍しくたくさん話をしてくれてね。嬉しそうだった」

「そ、そんな……」

サガが嬉しそうな様子を想像できない。家を捨てて出て行った弟が突然学園に来ると知って、嬉しかったはずがない。
信じられないという表情をしていると、アフロディーテはゆっくりとカノンの前に座った。

「嬉しそうでもあり、少し悲しそうでもあったよ。普段感情を表に出さないサガ先生の、不思議な一面を見た気がした」

「……」

カノンは言葉を失った。どんな気持ちでここに座って、紅茶を飲んでいたんだろう。

「今日の朝礼で、サガ先生はしばらくギリシャの姉妹校へ行くことになったって言ってたけど……聞いてるかい?」

「な……! 本当か?」

「ああ。急に決まったことみたいだけど……やはり知らなかったんだね」

カノンは目の前の風景がすとんと抜け落ちたように茫然とした。
状況が分からないまま、また離れるのだという現実だけが迫ってくる。

「やっぱり、俺は学園に来ないほうが良かったのかな……」

カノンがなんとか口にすると、アフロディーテは優しい口調で話した。

「……あのとき、サガ先生はね。カノン先生のことを『大切に、大切に想っていた双子の弟だ』って言ったんだ。
 想っている、ではなかったのが気になったけど、それ以上は聞けなかった。カノン先生がここに来て、その理由を少しずつ分かっていったつもり。
 サガ先生は、きっとずっと待っていたんだよ。カノン先生が、いつか自分のもとに戻ってくる日を」

「それならどうして、ギリシャなんかに……!」

カノンは思わず立ち上がった。

「ギリシャ行きを了承したのにも何か理由があるんじゃないかな。とはいえ、私も学園やサガ先生の事情はあまり分からない。
 後悔しないように、ちゃんと話し合うといいよ」

アフロディーテの言葉と同時に予鈴が鳴った。

――

「……ノン、おいカノン、待て――」

「っえ、……ああ、サガ……」

廊下で腕を掴まれてはじめて、サガがそこにいるのだと分かった。
しかし、ギリシャに行くのを内緒にされていたのだと思うと無性に腹が立って、サガの顔を見ることができなかった。

「……な、なに」

「なにって、お前、大丈夫か? どこか痛むか?」

そう言って廊下の陰に引っ張られ、二人っきりになる。

「すまない、今後は次の日に響かないように気を付けるから――」

サガの変わらない様子に、かえって焦燥感が募る。

「今後なんてあるのかよ」

思わず声を荒げると、サガの動きが止まった。

「ギリシャ、行くんだろ……どうして……俺、てっきりこれから……」

「それは、二人きりでゆっくり話すつもりだったのだ。カノン、だから……」

「もういいよ、俺……のこと……捨てたいんだろ……もう、いいから」

サガの手をゆっくりと振りほどき、背中を向ける。

「……また離れていくのか?」

後でサガの声がする。少し悲しそうな声で、胸が痛んだ。

「離れていくのは、お前のほうだろ」

売り言葉に買い言葉だ。本当は、どちらが離れようとしているのだろう。
現にこうして、サガから距離を置いてこれ以上傷付かないようにしているのは、自分なのに。

「カノン、今日終わったら俺の家に来るんだ。必ず、待ってるから――」

サガが叫んでいる。
その声が聞こえているはずなのに、頭の中では今日の授業をどうやって乗り切ろうかとただ必死に考えていた。

お知らせ(3/10更新)

◆自家通販は現在行っておりません。
◆次回のイベント参加予定は2019年2月10日(日)開催予定の「GALAXYμ」(大阪)です。
◆2013年に寄稿した『雨のおと、魂のこえ』という短編を全文公開しました。オフラインから見ることができます。

初めての方へ

◆サガカノ小説サイトです。
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◆R18部分は簡単なパス制です。

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書いている人

名前:みなみ椿
サークル名:Spiral
地域:東海圏

・ライブラA型
・カプ固定(サガカノ・LCアスデフ)
・字以外は左利き

同人活動は2010年06月から開始。
オフ活動は2012年11月から開始。

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