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第11章

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これが最後の日記になるだろう。
今夜出ていくと兄さんにも伝えた。デフテロス、最後だから言うが、俺も兄さんのことが好きだった。
俺の分まで幸せに暮らしてくれ。
短い間だったが楽しかった、今までありがとう

カノン
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「な、何だって……!?」

先代双児宮の物置部屋でデフテロスが思わず大きな声を上げた。

「……っと、兄さんが起きてしまう」

つい先程まで肌を合わせていたアスプロスは、デフテロスがシャワーを浴びに行っている間に眠ってしまっていた。

「カノン、そうだったのか。お前も兄さんのことが……スマンな、俺がもっと早く気が付いていれば」

早とちりでてっきり女性が好きだと思い込んでいたが、今になってよく考えてみれば、カノンだって双子座の聖闘士の弟だ。兄が大好きに決まっているではないか。
自責しながら急いでペンを取り、返事を書きはじめる。
焦りで書き間違えた文字を勢い任せに塗り潰すことを何度か繰り返し、どうにか書き上げると力強く本を閉じた。そして今まではただそれを本棚に戻すだけだったが、この時初めてデフテロスは祈りを込めて小宇宙を燃やした。

「間に合ってくれ……!」

太陽は既に、高く昇っていた。


――


夜に出ていくとサガに伝えたカノンだったが、纏める荷物もなく、唯一心残りだったデフテロスにも本当のことが言えた。
時間を持て余したカノンは、サガのためにできることが残されていないか、しばらく考えた。

(そうだな、出ていく前に夕食でも作っていくか……)

一緒に暮らしはじめてから、何回かサガの分を作る機会があった。それをサガがどう思っていたかは分からなかったが料理を残されたことは一度もなかった。
双子座の聖闘士として育てられたサガは、食事に困ることなどなかったのだろう。最後までサガが料理を作っている光景を見ることはなかった。
双児宮の台所には常に調理の必要がない食べ物が置いてあり、サガはそれを食べる程度だった。執務の間に振舞われる昼食が、その仕事量に相応しい豪華なものなのだろうと想像できた。

海界に行った時から自力で生きてきたカノンは、料理をするのも慣れている。再生し、双児宮で暮らすことを許されても、カノンは生活に関して一切聖域の力を借りようとはしなかった。
外見が瓜二つでも、育った環境が天と地ほどの差があればこれほどまでに違った人間に成長するものなのか、と兄を見ながら思う。
しかし、平和になった今も聖域のために尽力するサガを見ていると、酷い環境に置かれたはずの自分の方がどれだけ気楽で自由だったのかが分かる。そしてその自由は、サガが自らを盾にしてカノンに与え続けたものだった。

そんな兄を、せめて後ろから支えたかった。しかしそんな人間が後ろにいることさえも重く感じる時があるのだろう。

ぐるぐると思考を廻らせながら、一人分の料理が完成した。
サガがいつ帰ってくるか分からなかったが、それまで待つつもりはない。後はもう、ここを出ていくのみだ。

「では、行くか……」

一旦その足で出ていこうとしたカノンだったが、よく考えてみれば今夜の寝る場所の当てもない。宿が見つからなければ星の下で寝る可能性もないとは言えなかった。
物置部屋に埃を被ったマントがあったのを思い出したカノンは、それだけ持って出ていくことにした。

扉を開き、部屋の一番奥にある机の上に置いてあったマントを見ると、真っ白な埃が幾重にも降り積もって層になっていた。

「いつから置かれていたマントなのだ……こんなもの持ち出したところでサガも気が付くまい」

このマントと同じで、自分がいなくなってもサガにとっていつもと同じ朝がやってくるに違いない。
奇妙な親近感を抱きながらマントを手に取ると、埃が舞わないようにそっと包んで脇に抱えた。そして、物置部屋から出ようと扉の取っ手に手を掛けた、その瞬間だった。


――バサッ


何かが床に落ちた音が聞こえた。咄嗟に振り向いたカノンははっとする。目に入ったのは、馴染みのある平仮名混じりの手書きのタイトル。
それは間違いなく、おとうと日記だった。

「馬鹿な、勝手に落ちるはずはない……!」

この先簡単には見付からないようにと、ぎっしりと本が詰まった列へ押し込んだのだ。
カノンは本棚に近付き、信じられないといった面持ちでおとうと日記を拾い上げた。

「まさか、デフテロスなのか……?」

本を取り巻く双子座の小宇宙をこんなにも強く感じたのは初めてだ。本を持つ手がまるでマグマにでも触れているかのような熱に包まれた。
驚きながら本を開くと、そこには間違いだらけのデフテロスの文字があった。


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カノン、待て、早まるな!
お前が行ってしまったら残された兄さんはどうなるんだ……考えただけで恐ろしい。
カノンの兄さんが酷いことを言ったのは何か理由が絶対にあるはずだ。弟が嫌いな兄なんているわけがない!!
最後くらい何か本音を話してくれるかもしれない。せめて今日だけでいいから兄さんの目をよく見て、心を開くんだ。
俺はお前がまたこの日記を書いてくれるのを、ずっと待っているからな

デフ
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急いで書いたのだろう、書き殴ったような文字と「デフ」という略称。カノンはふっと笑った後、とても寂しそうな表情を浮かべた。

(ありがとう、デフ……しかし俺はもう決めたのだ)

サガを待たずに出ていく気持ちは変わらなかった。カノンは本の熱を全て受け止め、再び本棚へしっかりと押し込んだ。
料理の香りの残るリビングを通り過ぎ、玄関の扉を勢い任せに押し開けると、足を踏み出す。立ち止まってしまわないように、全ての想いを振り切って歩み出た。

しかし、カノンは足を一歩踏み出した姿勢で動けなくなった。
扉を開けた時、偶然にも執務から戻ってきたサガと鉢合わせてしまったからだ。扉を開けたと同時に鼻腔に飛び込んできたサガの匂いで、瞬時に全身が麻痺してしまったかのようだった。

サガは表情も変えず、ただ「行くのか」と聞いた。
その声ではっと我に返ったカノンは、「ああ」とだけ返事をすると、止まってしまった足を再び不器用に踏み出した。

「そうか」

カノンを通り過ぎ、リビングへ入ろうとするサガの声が擦れ違いざまに聞こえた。喜ぶようでも、悲しむようでもない、ただ無機質な声色。
この期に及んでもそんなことを気にしている自分が嫌になり、心を塞ぐように扉を閉める腕に力を込める。


――さらば、兄よ……!


「カノン……!」

扉が完全に閉まる直前、サガの声が聞こえた。まるで耳元で呼ばれたように、はっきりと。
そのあまりにも切迫した声色に、カノンは反射的に扉を開いた。

しかし、サガはテーブルの前に物静かに立ち、カノンが作った料理を見ていた。カノンが再びリビングに入ってきたのに気が付き、ゆっくりとカノンの方へ振り向く。

「忘れ物か……?」

そのサガの落ち着き払った様子に、カノンは呆然としながら首を横に振った。
感情の見えない今の声とは正反対に、先程聞こえた声はカノンが咄嗟に助けたいと思ってしまうほどの苦しみと悲しみに満ちていた。
目の前の酷く冷静な兄が発した声ではなかったのかもしれない、だとしたら何だったのか。

扉を開けたまま動かないカノンに、サガはふっと微笑んで見せた。

「夕食を、作ってくれたのか。ありがとう、カノン」

寂しさすら感じる微笑に、心臓を掴まれたように苦しくなる。カノンは、何も言えなかった。

「……一緒に、食べていかないか」

少しの沈黙の後、サガがそう提案した。
何を今更、という言葉が脳裏をよぎった。いつもなら、お前が出ていけと言ったのだろうとつい食って掛かり、力任せに扉を閉めるところだ。
しかしそれをしなかったのは、まだ掌に残るマグマのような熱で、デフテロスが最後に言っていたことを思い出したからであった。


――せめて今日だけでいいから兄さんの目をよく見て、心を開くんだ


カノンはその熱と共に拳を握り締め、意を決してサガを見据えた。サガは少しだけ、決まりが悪そうに料理を見ている。

「別に……いいが、これ、一人分だぜ」

サガは一瞬驚いたようにカノンの顔を見た。大方サガも、カノンが言うはずだった否定的な返事を予想していたに違いなかった。

「半分こだ」

サガはそう言った後、とても照れ臭そうに笑った。

お知らせ(3/10更新)

◆自家通販は現在行っておりません。
◆次回のイベント参加予定は2019年2月10日(日)開催予定の「GALAXYμ」(大阪)です。
◆2013年に寄稿した『雨のおと、魂のこえ』という短編を全文公開しました。オフラインから見ることができます。

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書いている人

名前:みなみ椿
サークル名:Spiral
地域:東海圏

・ライブラA型
・カプ固定(サガカノ・LCアスデフ)
・字以外は左利き

同人活動は2010年06月から開始。
オフ活動は2012年11月から開始。

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