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第12章

「半分こ」

その言葉をサガの口から聞いたのは、一体どれくらいぶりだったのだろう。
大人になってからは耳にしたこともなかった。多分、サガも同じなのだろう。子供の頃に戻ったような甘酸っぱい表情をしていた。

カノンはそんなサガに釘付けになり、何も言うことができなかった。二度と入るつもりのなかったリビングに、躊躇いながらも再び足を踏み入れる。そして不器用な所作で椅子に座った。
サガは法衣姿のまま、台所で手を洗い、グラスと白ワインを手に戻ってきた。サガの力強く長い指がゆっくりと傾いて、目の前のグラスがワインで満たされていくのをカノンはじっと見ていた。

両方のグラスにワインを注ぎ終わったサガは、静かに着席した。お互いを正面に捉えるのは、どちらにとっても気まずいものだった。少しだけ俯いたサガを、半ば自棄のような気持ちでカノンは見据えていた。

「では……頂くとしよう」

サガがぽつりと呟き、一人分の料理を二つの取り皿に分けていく。昔は何でも半分こだったな、とカノンは懐かしく思い出していた。

「ところで、カノン……」

サガはまるで機械のような正確さで料理を取り分けながら口を開いた。

「これからどこで暮らすのだ……その、連絡くらいは、何かあった時に」

取り分ける動作と対を成すようなぎこちない言葉に、お前が追い出すのに、と怒る気にもなれない。
それと同時に、その『何かあった時』というのは再び自分が双子座のスペアとして必要となる時を意味しているのだと思うと、それだけは否定したくなる。

「何もねえよ」

カノンはそれだけ言うと、取り分けられたサラダを口に放り込んだ。

「しかし……」

「何か、って何だよ。お前がまた先に死ぬとかそういうことが言いたいのかよ」

カノンはなおも食い下がろうとするサガの言葉を強い口調で遮る。サガを見据えるカノンの瞳に一層の力が篭った。
サガはその瞬間表情が固まり、それ以上は何も言わなかった。

重苦しい沈黙の中、カノンはずっとサガを見ていたが、サガは取り分けていたカトラリーを持ったまま俯いてしまった。
まずいことを言った。カノンは余りの気まずさに、すぐに出ていきたくなった。最後の瞬間まで険悪でいたくない。しかし、掌の熱が逃げるな、頑張れと言っているように燻っていた。

「俺の……いない所で、また勝手に死んだら……二度と許さないからな」

途切れ途切れにそう伝えたカノンは、さすがにその後サガの顔を見ていることができなくなり、ごまかすようにサラダを食べた。


一人分の料理を分け合って食べる時間はそれほど長くはなかった。いつまでも続いてほしいと願う時に限ってどうしてこうもあっという間に過ぎるのだ、とサガは思った。
食べ終われば、カノンはいなくなる。急激に沸きあがる危機感に、ふと顔を上げてカノンを見てみると、最後の一片をフォークに刺した状態のまま俯いている。

「カノ……」

声を掛けようとして、サガは目を瞠った。俯くカノンの瞳からぽたりと雫が落ちたのを見たからであった。
カノンもそれに初めて気が付いたようにはっと顔を上げる。二人の目が合った瞬間、ゆるゆると流れていた時間がぱちんと弾け、一気に加速したようだった。

「何故……!」

サガは思わずそう言ったが、カノンはフォークを皿に落とし、逃げるように立ち上がった。

「もう行く」

そう言って出口の方へ向かったカノンを追いかけるため、サガも席を立つ。理由などなかった。カノンが泣いていれば、絶対に放ってはおかない。

「カノン……!」

サガはカノンの手首を掴むと、力ずくで引いた。バランスを崩したカノンは、そのままサガの胸に顔を埋める形になる。
それを受け止めたサガは、カノンをぎゅっと抱きしめた。

「どうして、涙を」

カノンの耳元でそう囁くと、カノンの体温が僅かに上がったような気がした。
サガは少しの間カノンの反応を待ったが、カノンはじっとサガの胸に収まっている。

「放してくれ」

ようやく口を開いたカノンは、そう言いながらも抵抗しない。サガもカノンがいなくなることで気を落としていたが、何故か今のカノンは自分より弱っているように思えた。

「カノン、これからどこに行くつもりだ」

これからのカノンの居場所が気になった。何故、好きな女の元へ行けるという日にそれほど元気がないのか、サガは不思議に思う。
幸せになってもらわねばならない。カノンにまだ迷いがあるのであれば、背中を押して送り出すのが兄の務めだと自分に言い聞かせた。

しかしそれを聞いたカノンは、サガの胸の中で俯くと、左手でサガの体をどんと叩いた。

「どこにも……行く場所なんてねえよ」

「……何だと?」

「……」

そのくぐもった声に、サガは聞き直したが、もうカノンは答えなかった。
行く場所がない、と言った気がするが、一体どういうことだ。双子座という縛りから解放され、好きな場所へ行き好きな者と遠慮なく暮らせるようになるのだ。カノンが悲しむ理由などないではないか。
まさか、とサガはカノンを抱きしめたまま思う。

(まさか、カノンはその女に振られたのか……!)

信じられん。この天使のような我が弟カノンの愛を受け入れない女がこの世に存在するなどあり得ない。
しかしカノンは昔から悪に憧れたり、反抗的で口下手な面もある……世間の女には手に負えないのかも知れぬ。
それにしても、カノンを悲しませる人間など明日にでもシャカに頼んで六道に落としてくれる。

サガは短い間にそんな物騒なことにまで頭を巡らせたが、表向きはどこまでも優しくカノンを包み込んだ。
かわいそうな弟よ。しかしこうなったからにはもう誰にも遠慮しない。サガはカノンの肩を少し離すと、俯いたままのカノンをじっと見た。

「カノン、こちらを見てくれないか……?」

しばらく躊躇っていたカノンだったが、両拳をぐっと握り締めたかと思うと、ゆっくりと顔を上げてサガの目を見た。
目が赤く、泣いたところを見られて恥ずかしかったのか、顔も赤い。

見ているうちにカノンの瞳が再びじわりと潤んで来たので、そっと指で拭う。

「ふふ、子供の頃みたいだ、カノン」

そう言って冗談ぽく笑って見せると、カノンはサガの胸元をぐっと引っ張って引き寄せた。

「違う、俺はもう子供じゃない! サガ、俺は……」

カノンはそう言って、サガに口付けた。サガは一瞬、何が起こったのか分からなかった。
法衣を掴むカノンの手が熱く、服の上からでさえまるでマグマにでも触れているかのようだ。

「……っ、ね、熱でもあるのか? カノ……っ」

唇を離して問うが、再びカノンに塞がれる。口腔内にカノンの舌を感じ、サガの冷静さは一気に消し飛んだ。

(な、何故こんなキスを……)

そう思いながらも、サガはカノンを受け入れ、初めての舌の感触を味わう。
少しずつカノンの息が乱れ、力任せに法衣を掴んでいたその手は今やどうにか縋りついているような状態だった。
サガはそんなカノンを両腕で支えると、そっと近くにあるソファへカノンを押し倒した。

「一体何があったのだ、カノン……」

突然流した涙といい、掌の熱といい、先ほどのキスといい、サガには分からないことばかりだった。
カノンは熱に浮かされたような表情でサガを見ていた。そんなカノンの媚態を見てサガは軽い眩暈を覚える。

「俺は子供じゃない……」

「分かってる」

「……分かってない。兄さんは何も分かってない」

「分かってないのはお前も同じだ」

「何……?」

「こんなお前を見せられて、私がいつまでも平常心でいられると思っているのか」

「意味が……んっ」

カノンは言葉の途中で唇を塞がれた。上から垂れるサガの髪が首筋をくすぐり、思わずぴくりと体を震わせた。恥ずかしさで顔を背けようとしたが、サガの腕で遮られた。
サガから与え続けられるその深い口付けに、掌の熱など冷たく感じるほどカノンの体の熱が高まっていく。

そこからは、もう言葉など必要なかった。二人の体は何故今までそうしていなかったのだろうと思えるほど、強く結び付き、互いを放さない。
どれだけ舌を絡め、指を絡め合っても足りず、ただそれを繰り返した。


――デフテロス、お前はやっぱりすごい


サガの存在だけを感じる中、カノンはぼんやりとデフテロスのことを思い出した。幾度となくカノンを奮い立たせた掌の熱は、今はもう感じられなかった。
一度は別れて暮らすことを決意したのに、こんなに近くに感じてしまったサガから再び離れられるのか、カノンは全く自信がなかった。しかし今だけは、兄の熱を、心臓の音を、息遣いをただ感じていたかった。
この時間が終われば、去らなければならない。そう思うだけで、抉られるように胸が痛む。思わずカノンは顔を顰め、絡めあう手を解き自分の胸を掴んだ。

「どうした」

「……何でもない」

「では手を放すな」

「……ッ、勝手なことを言うな。そんなことを言っておきながら、同じ口で出ていけと言う癖に」

カノンは苦しげな表情を浮かべ、サガを睨み付けた。

「お前はここにいない方が幸せだと思ったからだ……」

「俺の幸せをお前が勝手に決めるな! 誰がそう言った。俺は……」

カノンは再びサガの手に触れると、ぎゅっと握った。

「俺は、兄さんの側にいたい……」

「カノン……」

カノンのまっすぐな強い瞳がまるで海を湛えているかのように碧く潤む。
初めて知った弟の想いに、瞼の奥がじんと熱を持ち、痛くなった。

「お前を手放そうなど、正気の沙汰ではなかった……」

誰よりも大切なお前を失って、生きていけるわけなどないのに。

「この先お前が誰を愛しても、側にいると約束する」

誰を愛しても、という言葉の意味はよく分からなかった。カノンにとって、今までもこれからも、愛する対象はサガしかいない。それでも、『側にいる』という短い言葉はカノンがずっと欲しかったものだった。
これからもサガの側にいられる、そのことがカノンにとっては何より嬉しかった。

「兄さん、もっと……」

双子の兄を愛しているなど、口に出せるわけがなかった。こうして絡み合っても、離れて暮らしても、許されない事実に胸が痛むのは同じだ。
だったらいっそ、今すぐに壊してほしい。痛みも麻痺し、何もかも分からなくなるまで、絡み合いたい。

「カノン……ずっと一緒だ」

愛してくれとは言わない。いつか他の人間を愛する日が来るとしても、絶対に放さない。その笑顔が自分に向けられなくてもいい、ただ隣で見ていたい。
痛みや悲しみを代わりに背負い、私がお前の盾になる。

もう二度と見失わないように互いを見据え、もう二度と別たれてしまわないように指を絡め口付ける。
二人は一つに融けあいながら、誕生日を迎えた。


――翌朝


こんなに幸福な気持ちで目覚めたのは、サガにとって何年振りだったのだろう。無意識に首を左に傾けると、そこには子供の頃の記憶からは随分成長したカノンが眠っていた。
それでも寝顔はあの頃と同じだ、とサガはくすっと笑うと右手でカノンの頭を撫でた。

こうして共に生きていこう、と呟くと、カノンは無邪気な顔で、すう、と寝息を立てた。


その頃、先代双児宮では朝早くから二人の双子が慌しく活動していた。

「兄さん、早く!」

「おい、本気かデフテロスよ」

「ああ、兄さんもカノンたちがうまくいったかどうか、気になるだろ? 昨日読んだ先代のおとうと日記の中には、双子座の小宇宙を利用して実際に未来の双児宮にタイムスリップできた猛者もいたんだ。俺カノンに会ってみたいんだ、兄さんも会ってみたいだろ?」

「別に……」

「あれ、機嫌が悪い」

「当然だ。朝早く起こされ、お前が他の男に会いたいと浮かれているのに面白いわけがなかろう」

無愛想に答えたアスプロスの言葉を聞いて、デフテロスがにっこりと笑った。

「アス、妬いてる」

「馬鹿な。それで一体どうするつもりだ」

「何でも、自分の持ち物がまだ未来の双児宮に残ってさえいればそれを介して異次元を移動できると書いてあった。そこで、物置部屋に俺のマントを永久保存することにしたんだ。多分あのマントに触って小宇宙を燃やせば……」

「そんなものが後世まで残ると本気で思っているのか」

「う……でも分からないぞ! とにかく、未来まで行くには俺一人の小宇宙じゃ多分無理なんだ、兄さん、お願いだ。一緒に……」

デフテロスにこうして頼りにされるのは悪い気はしない。仕方ない、とアスプロスは了承した。

「まあ、サガにも俺達の仲を見せつけ、少しは見習ってもらうとするか」

二人は並んで、物置部屋へと歩いていった。




(続編『続・おとうと日記』も完結しています)

お知らせ(3/10更新)

◆自家通販は現在行っておりません。
◆次回のイベント参加予定は2019年2月10日(日)開催予定の「GALAXYμ」(大阪)です。
◆2013年に寄稿した『雨のおと、魂のこえ』という短編を全文公開しました。オフラインから見ることができます。

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◆サガカノ小説サイトです。
◆リンクフリーです。
◆R18部分は簡単なパス制です。

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書いている人

名前:みなみ椿
サークル名:Spiral
地域:東海圏

・ライブラA型
・カプ固定(サガカノ・LCアスデフ)
・字以外は左利き

同人活動は2010年06月から開始。
オフ活動は2012年11月から開始。

昔作った動画

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