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1. 妹

『サガ、貴方の妹よ』

生まれたばかりの赤子を抱いた母親の幸せそうな声をサガは時々思い出す。
五歳で別れる事になった母の顔はもう思い出せないのに、この言葉だけは穏やかな声色と共に今でもはっきりと耳に残っていた。
サガがその時見ていたのは母の顔ではなく、初対面の妹でもなく、ベッドの脇で寄り添うように寝ていたカノンだった。
カノンは母親がまさに妹を産もうとしている間、ずっとその側から離れようとしなかったのだった。

『貴方はこの二人のお兄ちゃんになったのね。ずっと二人を守っていってね』

サガはその優しい声に、ウン、と一つ頷く。

『今、この子の名前を決めたのよ……』

この夜、突如訪れた聖域からの使者により、サガとカノンは家を出る事になった。
もう二度と戻れないとは知らずに――




「どうした? サガ……」

ソファに座って頬杖を付きながらじっと自分を見ているサガに、カノンは居心地が悪そうに問い掛けた。
双子である二人は本来ならば瓜二つの体躯だったが、海皇の力によってカノンは今、華奢な女性の姿になっていた。
同時に小宇宙さえも失っているカノンは海界に戻る事すら叶わず、双児宮に留まっている。

「何でもない……少し、昔の事を思い出していただけだ」

「……」

カノンは何も答えない。答えられなかった。この兄弟にとって、昔の話が楽しい内容である事は一つもなかった。

「私達に妹がいたのなら、ちょうど今のお前のような容貌だろうか」

その独り言とも取れるサガの発言に、カノンは繊細な眉を寄せた。
カノンにとって、女の体で見られる事は不本意な状況である。

「だったら、何だって言うんだ」

「いや、いいんだ」

カノンは聖域に来る前の生活を覚えていない。
それは、兄のスペアとして存在を隠されたここでの陰惨な暮らしによってカノンの心が塗り潰された事を意味していた。
妹の存在を思い出さないカノンの反応に、サガの胸が痛みで軋んだ。

「お前は、私の事だけ見ていればいい……」

サガはそう言うと、カノンを抱き寄せた。

「あ…っ、兄さん……」

抗うことなくサガの胸に抱かれたカノンは戸惑いながらもやや頬を染め、潤んだ碧い瞳でサガを見上げた。
この距離まで近づく事でようやく向けられる、兄だけを求めるその切ない視線がサガをどうしようもなく煽る。
衝動のままに、サガがカノンの唇を奪おうとした瞬間、人の気配を感じたサガは動きを止めた。

「カノン、ここで待っていろ」

そう言うとサガは双児宮の入り口の扉を開けた。
ちょうど入口に到着したばかりだと思われる使者がそこに立っていた。
家の中まで声が聞こえないように、サガは外に出て扉を閉めた。

「夜分遅くに失礼致します。サガ様、そしていらっしゃいましたらカノン様も教皇の間まで至急お越し下さい、アイオロス様がお待ちです」

「分かった」


リビングに戻ると、サガはカノンを見た。
アイオロスがこんな時間に敢えて二人を呼ぶと言う事が何を示しているのか、サガには何となく理解出来た。
だからこそ、カノンは連れて行きたくない。

「カノン、ちょっと教皇の間へ行ってくる」

支度をしながらそう言うサガに、カノンは不思議な表情で答えた。

「こんな時間に何があった、サガ。俺も行く」

「お前が来たってどうしようもあるまい。すぐ戻る」

そっけない返答に、カノンは自分が小宇宙さえ失った貧弱な体しか持ち合わせていない事を思い出す。
サガの行く場所について行きたいけどそれを許してはもらえない。
子供の頃から何度も何度もそんな遣り取りを繰り返してきた。
サガがあんな表情をする時は何を言っても無駄だったのだ。

黙ってしまったカノンに見向きもせず、サガは双児宮を静かに出て行った。



教皇の間に到着したサガは、アイオロスの隣に立つ人物を認めた。

「サガ、夜遅くにすまないな。先程聖域にこの方が……」

そう言ってアイオロスが隣にいる人物を紹介しようとすると、その女性は一歩前に出て深々とお辞儀をした。
さらりとした碧い髪が揺れる。ゆっくりと顔を上げると、サガに向かって真っ直ぐに微笑んだ。

「初めまして……兄さん」

その顔は、女性化したカノンに酷似していた。



その頃、遥か海界では――


「ポセイドン様、ポセイドン様……」

テティスが小宇宙で海の神に語り掛けていた。

(テティスか……)

「はい。海龍様がお戻りにならなくなってしばらく経ちました。一体どこにいらっしゃるのでしょうか……」

(あやつは今、聖域にいる。そろそろ戻そうと思っているのだが、気になる事があってな)

「気になる事、とは……?」

(ここの所、僅かだがカノンに介入する異様な小宇宙を感じるのだ。しかしそやつはまだ正体を隠しておる。少し泳がせて様子を見たいのだ)

「そ、それは海龍様に危険が迫っているという事ですか!?」

(そうだな……テティス、お前なら今のカノンの力になれるやも知れぬ。様子を見に行ってくれぬか?)

「はい、是非行かせて下さい!」

テティスは強い決意を秘め、顔を上げた。

(今回の件は私にも責任がある。カノンは今、お前と同じ体になっておるからの……頼んだぞ)

カノンを助け、力になれるかもしれない。その事実が嬉しくて、テティスは最後のポセイドンの言葉の意味を余り深く考えはしなかった。

お知らせ(3/10更新)

◆自家通販は現在行っておりません。
◆次回のイベント参加予定は2019年2月10日(日)開催予定の「GALAXYμ」(大阪)です。
◆2013年に寄稿した『雨のおと、魂のこえ』という短編を全文公開しました。オフラインから見ることができます。

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書いている人

名前:みなみ椿
サークル名:Spiral
地域:東海圏

・ライブラA型
・カプ固定(サガカノ・LCアスデフ)
・字以外は左利き

同人活動は2010年06月から開始。
オフ活動は2012年11月から開始。

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