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19. 凪

サガはスニオン岬で海を見ていた。
いつからか、いつまでか、ただずっと――

ゆっくりと目を開くと、そこには見慣れた顔があった。

「……ロス」

「気が付いたか、サガ」

「どれくらい眠ってた?」

そう言ってサガは起きようとするが、あちこちが軋み、再びベッドに沈んだ。

「無理するな。まだ起きれる体じゃない。あれから丸三日経った」

「カノン……は?」

「この時間は海界へ行っている。あちらも慌ただしいからな」

「そう、か」

サガは天井を見た。長い間、スニオン岬にずっと独りでいた様な気がする。
カノンがいなくなった、あの岬で。

それきり口を閉ざしてしまったサガを気遣って、アイオロスが話し出す。

「夜はカノンが殆ど寝ないでサガに付き添っていたよ」

そう言ってサガの額にそっと掌を置き、そっと頭を撫でる。

「熱がまだ少し高いようだ。水を取ってくる」

アイオロスはそう言って席を立とうとした。

「ロス、待て……」

サガはアイオロスを引き留めた。

「ありがとう」

サガはそれしか言えなかった。
アイオロスはそれを聞いて、ふっと微笑む。

「もうあんな事、俺にさせるなよ」

「お前に出来ない事はない」

そう返すサガに、ほんの一瞬だけ、アイオロスは真剣な眼差しを向ける。

「お前が死んだら、俺も死ぬつもりだった」

「ロス……」

サガは言葉を失った。
アイオロスは誤魔化す様に元通りの穏やかな表情で笑った。

今も昔も、お前の為にやれる事を全力でやるだけだ、とアイオロスは心の内で思う。
そしてその思いは、昔より遥かに強く、深い。それが自分自身の生きる理由となるほどに。

「すぐに戻るから、休んでいろ」

「ああ……」

アイオロスが出て行った部屋で、サガは溜息を吐く。
部屋の中は酷く静かで、夢でひたすら聞いた潮騒の音が脳裏に甦った。


ふと、ばたばたと双児宮の階段を駆ける音がする。
サガにはその足音の主が分かる。

これまでの静寂を破るように、カノンが息を弾ませて部屋に入ってきた。

「サガ……」

カノンはサガの姿を見て、安堵の色を浮かべた。
それでも、サガと目が合ったカノンはついその視線を逸らしてしまう。

「サガは、馬鹿だ……! あんな危険な事を…っ」

カノンの口から出た言葉は、カノンがずっと言いたかった言葉ではなかった。

「馬鹿な兄で、すまないな、カノン……」

サガは横たわったまま、ふっと笑みを漏らす。
力ないその声に、カノンの胸が痛んだ。

「ロスに聞いたぞ、カノン。私が倒れている間、海界とこことの往復だったと。冥界には行ってないのか」

「あ、ああ……」

あれきりラダマンティスには会っていない。やはり忙しいのだろう、向こうからも勿論連絡は無かった。

「私はもう大丈夫だ。行ってこい」

「で、でも……まだサガは」

「私には、ロスがついているから」

サガはしっかりとした口調でカノンにそう告げる。

「……っ」

まるでもうここにはいなくていいと言われたようだった。カノンの表情が曇る。

「分かった……」

カノンはサガに背を向けると、ドアまで歩いた。
ノブに手を掛けた所でふと立ち止まると、背を向けたまま、ありがとう、と消え入りそうな声で言い、部屋を出て行った。

再び天井を見たサガは、これで良かったのだと自らに言い聞かせた。


双児宮の階段を下りていくカノンは、何故か泣きたいような気持ちになっていた。
女だった頃に向けられた兄の優しさ、求められたあの日の関係を、今も心のどこかで期待したのか?

(やはり兄さんは俺が女になったからあんな事をしただけだ……)

そして自分自身も、違う人間だった事に甘えて兄を求めてしまっただけだと自らを納得させる。
女の体になった時は、全てを失くしたと思っていた。
しかし、今になってはその時だからこそ得る事が出来ていたものがあったのだと思い知った。


「兄さん……」

カノンは双児宮を一度振り返り、再び階段を駆け下りていった。



オルクスの処分も片付き、冥界には再び忙しい毎日が戻っていた。
ラダマンティスは、あれ以来ずっとカノンの訪問を待っていた。
こちらから聖域を訪れるのも不可能ではなかったが、カノンにとっても時間が必要だと思っての事だった。

ただ、無性に会いたい。今夜もその思いが抑えられるだろうか。

最後に見たカノンの顔が酷く寂しそうで、それがいつまでも気に掛かる。
自分が行動する事でカノンの笑顔が見れるなら、きっとどんな事でも出来るだろうと思う。

そう、こうしてひたすら待つ事さえも。
全ては、いつか兄弟の絆を超える為に。


仕事を終えたラダマンティスは、ヘッドパーツを脱ぎ、小脇に抱える。
強く真一文字に結ばれた口元がふと緩んだのは、仕事から解放されたせいだけではなかった。

微かに感じる、海の小宇宙。

「来たか」

死の国にとっては異質すぎる海の気配は、今日は少しだけ荒れているのを感じる。
しかしラダマンティスには、何の問題もなかった。

(俺は、お前の全てを受け容れる)

その思いを体現するように、漆黒の翼が大きく広がった。




【あとがき】
読んで頂いてありがとうございました!
やっと終わりました…!!
一番最初に書いた『海の底から』の続編になるようなつもりで書きました。
戦闘シーンの描写、四人の戦いを書くのが本当に難しくて、完結までに時間が掛かってしまいました。
個人的にカノンの女体化は面白かったので番外編を書こうかと思っています。(2011.06)

このあとのお話を、サガカノとして書き続けたい気持ちがあり、『GENE』『ADELPHOS』を書きました。
しかし、ラダカノエンド用のR18短編も二つ、書きました。また機会があれば公開したいと思います。(2013.05)

お知らせ(3/10更新)

◆自家通販は現在行っておりません。
◆次回のイベント参加予定は2019年2月10日(日)開催予定の「GALAXYμ」(大阪)です。
◆2013年に寄稿した『雨のおと、魂のこえ』という短編を全文公開しました。オフラインから見ることができます。

初めての方へ

◆サガカノ小説サイトです。
◆リンクフリーです。
◆R18部分は簡単なパス制です。

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書いている人

名前:みなみ椿
サークル名:Spiral
地域:東海圏

・ライブラA型
・カプ固定(サガカノ・LCアスデフ)
・字以外は左利き

同人活動は2010年06月から開始。
オフ活動は2012年11月から開始。

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